空冷エンジン搭載の916。916空冷キャブ&916DSie
- 掲載日/2012年01月24日【トピックス】
- 文/Ryuji TOMONO 写真/Y Takeshi YAMASHITA
本記事は、 『DUCATI BIKES』 Vol.07 (2010年11月発行)にて掲載されたものです
ドゥカティの純正パーツを流用することでオリジナルドゥカティを作る。
その究極ともいえるエンジンスワップ。
今回は MOTO eln の手により、
4バルブ水冷モデルに空冷エンジンをスワップされ、
SSモデルともよべる空冷 916 に試乗した。
高等なライディングプレジャーを
感じさせるドゥカティ
今回のロケから遡ること数日、DUCATI BIKES 編集長より試乗インプレッションの依頼を受けた際に 『 916 の車体に空冷エンジンを搭載したマシン』 という簡単な概要を聞いてからというもの、妙に“わくわく” “そわそわ”する気持ちを抑えられない自分がいた。
自身が過去に乗ったことのないオートバイの試乗であれば、そういった感覚に捉われることは多々あるが、今回ばかりは何かが違ったのだ。子供が遠足や運動会の開催日を待ちわびる気分…と表現したら良いだろうか? 忘れ去られた遠い昔の少年時代の記憶と感覚が蘇ったかのような懐かしいものだった。
それはおそらく自身がその昔、水冷の 916SP ・ 916Racing および空冷の M900S を駆ってツーリングを楽しんだり、イベントレースに参戦したりと水冷 ・ 空冷の両エンジンを存分に走らせてきた根っからのドゥカティスティであることと、そんな経験の中から『この車体 (916) にこのエンジン (空冷) が搭載されれば面白いバイクになりそうなのになぁ』なんていう夢物語を抱いたことがあるからであろう。
こうして待ちわびたロケ当日、逸る気持ちを抑えながら合流ポイントを目指して車を走らせた。ところが御殿場から長尾峠~箱根スカイライン~芦ノ湖スカイライン~伊豆スカイラインという極上のワインディングを味わってしまったこともあり、気持ちを抑えるどころか高揚感はさらに高まり、運転中だというのに自然と笑みがこぼれてしまう。すれ違う対向車の人々にはさぞ薄気味悪く映ってしまったことであろう(笑)。
目的地に辿り着くとそこには一足早く到着していた2台のマシンがトランスポーターから降ろされ、早く走り出したくてウズウズしているかのように私を待ち構えていた。見慣れた感のある2台のドゥカティ 916 だが、前号の 749R のインプレでも触れた、ある種の特別なマシンだけが身に纏う強烈な“オーラ”を放っていたのである。一見するだけではオールペイントが施され、ホイール&マフラーが換装された程度のそれほど珍しくもないカスタムマシンなのに、この大きな存在感は一体どこからくるのだろう? 奇才マッシモ・タンブリーニが手掛けた名車ドゥカティ 916 は1993年のミラノショーで発表され、デビューから 17年の歳月が経過した今日でも色褪せないスタイリングは多くのファンを魅了している。だがそんなことは周知の事実であって、それだけではない何かが秘められていることを直感的に本能が理解したのである。
まずは空冷2バルブLツインエンジンを搭載する2台の 916 を眺めながら、製作者である MOTO eln の大橋さんから両車のカスタム内容について説明を受ける。両車は空冷Lツインエンジンという点は共通だが、燃料噴射装置が異なるため以下では表記を 【キャブレター仕様】 および 【インジェクション仕様】 と区分させていただく。
【キャブレター仕様】 はφ41mm KEIHIN FCR キャブレターと 900cc → 980cc ボアアップキットが組み合わされた仕様である。エンジン内部は bee two デイトナカムに始まりコンロッドやクランクにまで手が加えられたフルチューンに近い仕様であり、STM 製スリッパークラッチ、SP ミッション、BST カーボンホイール、アクラポビッチ製スリップオンサイレンサー、バックステップなど、多くの部品が換装されている。【インジェクション仕様】 は 1000DS エンジン + ノーマルインジェクションを組み合わせた仕様である。マルケジーニ製アルミ鍛造ホイール、テルミニョーニ製スリップオンサイレンサーなど、こちらは実用性と耐久性を重視した仕様のようだ。それではこのスペシャルな2台の乗り味についてインプレッションをお届けしよう。
まずはキャブレター仕様に乗る。イグニションをオンにしてスロットルを煽り、FCR キャブレターからシリンダー内に混合気を送り込んだところでスターターボタンを押す。空冷 + キャブレターエンジンの始動におけるこの一連の儀式を行うことに違和感はないが、目の前に鎮座するマシンは 916 スタイルなのだから何とも不思議な感覚だ。2~3回のクランキングを経て始動したエンジンは歯切れの良い乾いた空冷サウンドを奏でるが、コックピット内では 916 の見慣れた形のタコメーターの針がそのサウンドに同調して踊っている。もうこれだけで楽しさがどんどん込み上げてくるのだが、驚くのはまだこれからであった。充分な暖気を済ませた後にマシンへと跨り、サイドスタンドを払うために左足に力を入れ車体を引き起こした瞬間! 異様なまでの軽さを感じたのだ。カーボンホイールによる効果も高いのだろうが、それにしても異質な軽さである。走り出すと前後サスペンションはともに良く動き、路面追従性も申し分ない。後で聞いたところによると、この車両は 916 フレームとチューンド空冷エンジンのポテンシャルをフルに引き出せるよう、スプリング交換も含めた細やかなセッティングが施されているそうだ。FCR + ビッグボアの組み合わせにより鼓動感は増し、パンチの効いた回転上昇と共に逞しい加速性能を発揮するエンジンと、軽量な車体によるコーナリングや切り返しの素早さは爽快極まりない。
ただしこの特性を引き出すにはしっかりとしたブレーキングを行い、フロントに荷重を残したまま初期旋回に入るという現代のセオリーを守る義務がある。ルーズな操作でのアプローチを許容しない厳しい一面はあるが、確実な操作を行えばカミソリのような切れ味で応えてくれる。この危うい関係もまた大きな魅力となるのだ。空冷エンジンにとっては少々硬めとなるはずの 916 フレームも、排気量アップに伴い出力が向上しているこの仕様ではほどよい剛性感となり、深いリーンアングルによって荷重を大きく掛ければ適度なしなりを感じることもできた。1990年代にもしこのフレームとエンジンの組み合わせがドゥカティ純正ラインナップの中で存在したら… Monster 980SP とか SS980R なんていうモデルが登場していたのかも知れない(そのようなモデルが存在したら間違いなく購入していただろう)。それほどまでに自然な仕上がりを見せているのであった。
続いてインジェクション仕様に乗り換えた。基本的な乗り味はキャブレター仕様と変わらないが、マイルドな出力特性を誇る 1000DS + インジェクションのノーマルエンジンはキャブレター仕様よりもやや車重があるものの、外乱に強く気負わずに操ることが可能である。ツーリング主体の使用であれば断然こちらの方がフレンドリーで扱いやすい特性なのだが、試乗車のフロントタイヤが履いていた 120 / 60 – 17 という扁平率の低いタイヤ(通常は 120 / 70 – 17)の影響により、いくつかのコーナーに於いてフロントタイヤ主導でコーナリングをしたがる頑固な癖が時おり顔を覗かせた。インジェクション仕様のキャラクターを考慮すれば通常サイズの方がマッチしているかと思われる。
ここからは両車に共通して言えることだが、非現実的な速度域へと一気に導いてくれる水冷エンジンも刺激的ではあるが、どうしてもマシンに乗せられている感を伴ってしまい、アクセルを開けることを躊躇してしまう場面に遭遇することもある。一方でライダーの感覚と見事なまでにシンクロする空冷エンジンの加速は、その力強い鼓動がトラクションとなって確実に路面を捉えてくれるため安心してアクセルを開けられる。そんなダイレクト感のある乗り味のなんと心地よいことか。
1000DS の空冷ノーマルエンジンは 916 の水冷スタンダードエンジンよりも最高出力が 20 馬力ほど低いものの(キャブレター仕様の出力は不明)、複雑な4バルブヘッド、ウォーターポンプ、ラジエーター、冷却水などを持たないことによる軽さのメリットと相殺されるため、パワー不足を感じる場面は少ないだろう。そもそも水冷エンジンは最高出力の発生回転数が高いため、街乗りではトルクが豊かでトラクションの掛かりが良い空冷エンジンの方が力強く感じることもある。水冷 916 フレームに空冷エンジンを搭載するという特殊なカスタムにも関わらず、刺激を求めるならキャブレター仕様、扱いやすさを求めるならインジェクション仕様と、ライダーの好みに合わせた選択肢まで存在する程までにこの組み合わせは相性が良く、完成度が高いことを証明している。
しかしながら空冷 916 の製作は一筋縄ではいかない部分が多いらしい。エンジンマウント2箇所の寸法は水冷エンジンと共通なのだが、スイングアームピボットの高さが違うのでケースを加工してマウント部を作り直さなければ搭載することが不可能であるとか、エアボックスを製作し直さなければならないとか、補器類やハーネスの処理などなど、完成車を目の当たりにするとあまりにも自然に受け入れられてしまうので、そんな苦労があったとは考えがおよばなかった。乗り越えなければならない壁は随分と高く、多いらしい。
メーカーは販売台数を伸ばすために大勢のライダーが受け入れてくれるオートバイを製造しなくてはならない。すると必然的に扱いやすい優等生モデルになってしまいがちである。一方、「わかる人だけ もしくは好きな人にだけ受け入れられれば良い」という割り切りを持つことで頑なまでの強い個性を前面に打ち出すことのできるショップ製のカスタムマシン。この両車には明確なコンセプトの違いが存在するからこそ我々ライダーは楽しみの幅が広がるのである。メーカーの方針を否定する気は毛頭ない。だが今回の試乗によって“必ずしも最新=最良とは言えない”という、あるひとつの答えに導かれたのも事実である。
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