モトGPマシンゆずりのフレームコンセプトによるコンポジットの車体に抱かれるデスモセディチRR(以下D16RR)のエンジンは、世界に唯一のパフォーマンスを謳うこのリアルレプリカにとって、欠かせない中核部分です。このエンジンの組み立てには、設備的なテストも兼ねてですが、モンスターなど一般の量産車とはまったく別の、独自の生産ラインを設けて、作業を進めています。
ご存知でしょうが、量産ラインの本来の目的は時間との闘いです。ミスを少なくし、効率を最優先させ、如何に台数を多く生産するか。ところがD16RRでは正反対とも言える作り方をしているのです。どれだけ確実な製品をミスなく届けられるか? 世界最高の1台は金額も相当なものですから、仕上がりに雑な部分は許されません。そういう意味では、生産ラインとは言えプレッシャーはかかります。 D16RRのエンジンですが、組み込むパーツはレーシングフィニッシュと呼んでいい最高レベルのものが使われています。軽量なチタンバルブを動かすロッカーアームはスーパーフィニッシュ(磨き込み表面処理を施し、フリクションロスの軽減と耐久性アップを狙う)が施され、スリッパータイプのピストンはレーシングデザインのダブルリブクラウンを採用。珠玉のパーツ類は、カバーして見えなくなるのがもったいないくらいです。 D16RRのラインで働くスタッフは、一般の生産ラインから選抜された優秀な人材で構成されており、日々プライドを持ってエンジンをカタチにしています。 | Engine Project Manager / マルコ・サイルゥ Marco Sairu ボローニャ大学で機械工学を専攻 |
D16RRのエンジン生産ラインは合計12人の専属スタッフで構成。フル稼働で1日8基ほど組み上げるシステムになっていたが、実際はペースを落として日産5基のペースに抑えていた。それは、D16RRが特別な車輌ゆえ生産初期の段階では余裕あるスケジュールを組み、確実な作業を目指していたためだ。
組立作業は6つの行程に分かれメインのライン上でエンジンを組み立てていくが、その脇に3つの専用作業テーブルがあり、それぞれピストン周り、ミッションなど腰下周り、そしてシリンダーヘッドを組み上げている。要は細かいパーツの集合体はそれぞれのセクションで先に組み上げてしまい、アッセンブリーでメインラインに供給するという仕組みだ。
また、ラインを挟んだ反対側にはD16RR用のパーツ棚が並び、そこには社外メーカーや下請けメーカーから供給されているパーツが整然と並ぶ。パーツは任意にピックアップするのではなく、エンジン1基ごとにパーツトレイが用意され、使い切る分だけ用意。トレイは、メインライン上でケースを固定したトロリー(滑車)とともにゆっくり流れ、スタッフがそれを組み立てながら動いていくのである。トレイの形状はパーツがそこにスッポリ収まるようカタチどられており、ひと目見て何を使ったのかわかる仕組み。また、1基ずつ仕様書が付いており、チェックリストと担当者名を記入するようになっており、ダブルチェックができるようになっていたのだ。
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写真左は生産ラインの風景。中央はエンジンごとについて回る仕様書で、これを見れば担当者や使用パーツの内容等がわかる仕組みになっている。その右がパーツトレイ。パーツの形状を模ったクボミができており、ひと目でどこまでパーツを組み込んだかがわかる。簡単な仕組みだが、人の記憶だけに頼らない確実な作業をこなせるように考え抜かれている。
トロリーに固定されたアッパークランクケース。この状態から組み立てがスタートする。 作業台1ではピストンとコンロッドを組み立てる。これはピンクリップを組み込む専用機械。 | D16RRのエンジンはアッパーケースとシリンダーが一体のため、ピストンとコンロッドを先に組んでからクランクシャフトと連結する。組み込み前には、筆を使ってアッセンブリールブを塗布。この辺りは手作業で丁寧に行っていたのが印象的だ。
ユニークなのは、ピストンピンクリップを留めるのに専用機械を使うこと。ピストンとコンロッド小端にピストンピンを通し機械にセットすると、シャフト先端に装着したピンクリップを機械が自動的にピストンに装着。しかもクリップの合口の向きも自動的に揃えてくれるという。クリップは強度的に強くないため、手作業での組み込みよりダメージを与える可能性の少ない確実な方法をとっている。丁寧さと確実性を両立させた方法だ。 パーツを手作業で丁寧に組む様は、レーシングマシンのエンジン組み立てそのものだ。しかし、確実性を重視する部分は機械を導入。D16RRへのこだわりを感じさせる。
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作業台2では、ミッションやウォーターポンプなどケース内に組み込むパーツの準備をする。 | 幾つものギヤを組み合わせた複雑なミッション。シフトドラムを含め、プレートの裏側には知恵の輪のように組み合わせたパーツが凝縮されている。D16RRのトランスミッションはいわゆるカセット式と呼ばれるタイプ。通常ミッションの脱着作業はクランクケースを割って行う大掛かりな作業だが、カセット式ならケースを割らずに側面から取り出すことが可能。メンテナンス性に優れた構造だ。プレート側にあるハンドルは装着時のガイド役である。
緻密で独特の凝縮感を伴うトランスミッション。カセット式でメンテナンス性に優れる。組み込み作業の確実性を上げるため、この段階では専用のハンドルが装着されている |
作業台3で組み立てたシリンダーヘッドASSYを組み込んだ図。かなり完成形に近づいた。 組み上がったエンジンはベンチルームで動的テストを行う。その状況も仕様書にチェック。 | 3つある作業台でもっとも人数を裂いているのはシリンダーヘッド部門で、ここでは常に3~4人が同時進行でヘッドを組み立てている。バルブ、カムシャフト、デスモロッカーなど、細かいパーツを組み合わせていくデリケートな作業が多いため、ここでも無闇に作業を急ぐことはなく、ひとつ一つ確実で丁寧な作業が続けられていく。
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エンジン組み立ての終了直前、トルク管理が必要なパーツが組み込まれた状態になると、ボルト類を規定トルクで締め直すセクションで本締めが行われる。ここで使う道具がまたユニーク。まずボルトの締め付け順序がモニターで指示され、そのボルトが規定トルクに達したらOKサインが出て、次のボルトへ。モニターはトルクレンチとワイヤレスで連動しており、担当者は自動でプリセットされたワイヤレストルクレンチをOKサインが出るまで締めこむだけ、という仕組みだ。
写真右はワイヤレストルクレンチ担当のおじさん。締め付け順序もトルク管理も、コンピューター管理で確実さを優先。精度の高い仕上がりを目指すからこそのシステムだ。 | トルクチェックが終了し組み上がったエンジンは、ラインの最終チェックゲートであるベンチテストにかけられる。通常ベンチテストはスパークプラグに火花を飛ばしてエンジンの自発的回転でチェックを入れるが、D16RR用テスターは大型モーターを使い外部から強制的にエンジンを回してチェック。計測機器に接続しエンジンオイルが自動的に充填された後、回転数を2500rpmで4分、4500rpmで2分間回して仕上がりを確認する。
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D16RRの車体生産ラインは、丁寧な組み立てに気を遣い、最高峰のモーターサイクルに相応しい仕上がりになるよう配慮しています。最高のパフォーマンスを生み出すには、優秀な設計にハイクオリティパーツも必需品ですが、我々はそこに「情熱の手」を付け加えることで、ドゥカティらしい味付けを濃厚にしているのです。
エンジンラインでも説明があったと思いますが、我々が優先しているのはとにかくクオリティです。それゆえ一般の生産ラインのように台数を追うことはしません。午前中に組み上げたエンジンは午後に車体ラインへやってきますが、1台につき専属メカニックが2~3人つきっきりになり、完成まで同じスタッフが組み立てていきます。スペースとスタッフの人数を考えてもライン上に並べられるのは4台が最大で、日産8台で動くならスタッフは1日に2台D16RRを組み立てる計算になります。
エンジンライン同様、スタッフは選抜メンバーで構成されており、皆この仕事に誇りを持って携わっています。アッセンブルするだけなら誰でもできると思うかもしれませんが、それは違います。組み立てるだけでも、そこに情熱が加われば、自ずと仕上がりは変わってくるものです。同じパスタでも家ごとに味が異なるのと同じですね。我々は我々が組んだD16RRに、自信と誇り持っています。存分に堪能してください。
| Project Engineer / パオロ・ヴェルサーリ Paolo Versari ボローニャ大学で航空宇宙学を専攻 |
大量生産を基本とするマスプロダクト製品は、モーターサイクルに限らず生産ラインに於いてとことん効率を優先する。クルマの場合、機械が正確な作業を延々繰り返していくが、モーターサイクルの場合まだ人の手に負うところが大きい。基本となるパーツが右から左へコンベア上を流れ、各作業員が担当分のパーツを組み込み徐々にカタチにしていく。人は基本的に動かず同じ場所で同じ作業を繰り返し、目の前をいくつものエンジンや車体がゆっくりと流れて行くのが一般的な生産ラインの在り方だ。
ところがD16RRの車体組み立てラインは、まるで昔に戻ったかのような方法を取っている。1台が組み上がるまで担当者がつきっきりで面倒を見るのだ。正確に言えば、トロリー(滑車)に載ったフレームとエンジンがゆっくり進んで行くから、固定台で作業する昔と同じというのは大げさなのだが、1台に人がつきっきりで面倒を見るという状況は変わらない。しかも、マスプロダクトの生産ラインと呼ぶには抵抗があるくらい、台数が少ないのである。生産ラインと言えば限られたスペースにギッシリ並んでいる印象があるが、そのイメージからかけ離れた、余裕すら感じる間取りである。
秒単位で時間に追われるより、より確実で丁寧な仕上りを目指す。MotoGPワークスマシンとほぼ変わらない内容のドリームバイクは、そんな贅沢な空間で、リアルレプリカに見合う仕上がりのために手間を惜しまず組み立てられている。
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車体組み立てはエンジン単体に比べ、当然重量がかさむ。そこで車体を固定するトロリーも自動運搬式になるのだが、この車体専用組み立てラインの真下にはトンネルがあって、車体完成後にトロリーがそこを潜り、スタート地点に戻る仕組み。なかなか凝った仕掛けである。
トロリーにはまずエンジンが固定され、その上に作業を済ませたフレームを被せ、スタートする。 | ハイブリッド・トレリスフレームを採用するD16RR。トレリスセクションは従来モデルより短く、これが軽量化の一助となっている。このメインフレーム部分は、エンジンと組み合わせる前にやるべき作業がある。フレームナンバーの刻印である。専用冶具にセットし台紙を挟んだ状態で、インプットしたアルファベットとローマ字を機械が正確に打ち込んでいく。これが、この車輌のアイデンティファイ・ナンバーになるのである。
エンジン組み立てラインでもそうだったが、自動化できる単純作業は機械に任せ、確実に作業をこなすのがドゥカティ式の考え。ただし、同じ確実さでも要所で手作業を盛り込むのがD16RR用ラインの特徴と言える。
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まずは、フロント及びリアの足周りパーツの装着から。必ず2人ペアで作業を進めていく。 |
スイングアームにベアリングを圧入中(左)三つ又とセットになったフォークはそこそこの重量になるため、装着専用マシンを使用。予めヘッドパイプアングルに合わせてあり、エアを利用するため、安全確実(右)。
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フォークとスイングアームの装着後は、配線や灯火類に。エンジン周りはパーツ密集エリア。 | 徹底した軽量化もD16RRの特徴のひとつだが、それは樹脂系パーツの少なさからも見てとれる。外装関係はもちろん、メーターステーやパネル、エアダクトやライセンスプレートホルダーなど、ドライカーボンを多用。なかなか贅沢である。エアボックスを含めたこの辺りのパーツは、すべて外部のメーカーに製作を依頼しており、D16RRのアッセンブルラインではできあがっているパーツを組み込むだけの段取りになっている。
インダクションボックスは、インジェクター等が組み込まれたアッセンブリー状態でマグネッティマレリ社から納品されている。 |
後々手が入らなくなる場所へのケアが済んだら、エアボックスや外装類をマウントしていく。 |
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完成後仕様書を確認しテストセクションに移動。再びエンジンテストを行い車体もチェック。 | 完成後、工場長が仕様書を確認しながら組み忘れ等ないか確認し、問題なければ検査ラインへ。最終チェックでは40箇所以上のチェック項目があり、不具合があればその場で直すことはせず、担当部署に連絡し担当者が責任を持って修理する仕組みになっている。各部のダブルチェックを潜り抜け、D16RRはようやく完成に至る。
向って左が車体アッセンブルラインの名物工場長。エンジンも含めて、すべて彼が仕上がりのチェックを入れる。 |